上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top


角館・田町武家屋敷

          【撮影日 2009年5月2日】

角館・田町武家屋敷角館・田町武家屋敷・西宮家
【撮影日 2009年5月2日】 【撮影日 2009年5月2日】
角館・田町武家屋敷・西宮家(米蔵)角館・田町武家屋敷・西宮家(母屋)
【撮影日 2009年5月2日】 【撮影日 2009年5月2日】



秋田県角館市には、二つの城下町がありますが、写真の田町武家屋敷は
JR角館駅から徒歩10分程にあります。
ここには、西宮家があり無料で見ることができます。
観光客はこの通りは少なく、桜の時期には、枝垂れ桜が絶品です。
西宮家には、以下の場所を見ることができます。
【米蔵】【北蔵】【文庫蔵】【母屋】【前蔵】【ガッコ蔵】



<田町武家屋敷と西宮家> ~現地看板から抜粋~

城下町角館は北に佐竹北家家臣団が、南に今宮家家臣団が居住して統治し、この田町は今宮家臣団の中心地でした。今から380年ほど前の江戸時代初期、角館の町造りが行われた時からこの地に住みました。最初に入ったのは86家でした。今宮家は佐竹氏と縁続きの一門で直臣の誇りを持ち、修験の頭染として秋田藩の中で大きな力を持ち、祈願所や寺社などの管理もしていました。
西宮家は今宮家臣団の中でも重きをなし、「寺山五十五騎」と呼ばれた中心武士団の一員として、この地に移住する前の常陸時代から名を連ねています。

<西宮家の歴史> ~現地看板から抜粋~
城下町角館には二つの武家屋敷通りがありますが、南側に位置するここ、田町武家屋敷は元和六年(1620)角館を治めていた佐竹一族の芦名氏による町造りの際、佐竹氏の直臣である今宮氏とその武士団が移住し、形成されました。
今宮武士団の中でも、重んじられていた西宮家は、地主としても明治後期から大正時代にかけて最も繁栄します。明治後期の当主西宮藤剛(ふじたけ)氏は、角館町の初代町長就任から度々町長を歴任し、町の歴史を振り返っても重要な人物で、町政に貢献するなぢ各方面でリーダーシップを発揮しました。明治後期から大正時代に建設された。西宮家の繁栄がしのばれる「五つの蔵と母屋」が、時代を重ねて今に伝えられています。

<アクセス>
 JR角館駅徒歩10分

<入館料>
 無料


大きな地図で見る

~ あきた角館 西宮家 サイト ~
 http://www.hana.or.jp/~nishi/index.html

--------------------------------------------------


2005.06.20 Mon l 05_秋田  l コメント (0) トラックバック (0) l top

コメント

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://wesntravel.blog85.fc2.com/tb.php/7-166b3385
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。